花嫁は恐怖のあまり失神して、家中が上を下への大騒ぎになり、嫁の里の者たちはその夜のうちに、鬼が来た鬼が来たと半狂乱で泣き叫ぶ娘を駕籠《かご》に乗せて、里へ連れ戻《もど》った。
 このような不首尾のために才兵衛の悪評はいよいよ高く、いまは出家|遁世《とんせい》して心静かに山奥の庵《いおり》で念仏|三昧《ざんまい》の月日を送っている師匠の鰐口の耳にもはいり、師匠にとって弟子の悪評ほどつらいものはなく、あけくれ気に病み、ついには念仏の障りにもなって、或る夜、決意して身を百姓姿にかえて山を下り、里の夜宮に行って相変らずさかんな夜宮角力を、頬被《ほおかぶ》りして眺めて、そのうちにれいの荒磯が、のっしのっしと土俵にあがり、今夜もわしの相手は無しか、尻《しり》ごみしないでかかって来い、と嗄《しゃが》れた声で言ってぎょろりとあたりを見廻せば、お宮の松籟《しょうらい》も、しんと静まり、人々は無言で帰り仕度をはじめ、その時、鰐口|和尚《おしょう》は着物を脱ぎ、頬被りをしたままで、おう、と叫んで土俵に上った。荒磯は片手で和尚の肩を鷲《わし》づかみにして、この命知らずめが、とせせら笑い、和尚は肩の骨がいま
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