れの御人格。原田内助、敬服いたした。その御立派なお方が、この七人の中にたしかにいるのです。名乗って下さい。堂々と名乗って出て下さい。」
そんなにまで言われると、なおさら、その隠れた善行者は名乗りにくくなるであろう。こんなところは、やっぱり原田内助、だめな男である。七人の客は、いたずらに溜息をつき、もじもじしているばかりで、いっこうに埒《らち》があかない。せっかくの酒の酔いも既に醒《さ》め、一座は白け切って、原田ひとりは血走った眼をむき、名乗り給え、名乗り給え、とあせって、そのうちに鶏鳴あかつきを告げ、原田はとうとう、しびれを切らし、
「ながくおひきとめも、無礼と存じます。どうしても、お名乗りが無ければ、いたしかたがない。この一両は、この重箱の蓋に載せて、玄関の隅に置きます。おひとりずつ、お帰り下さい。そうして、この小判の主は、どうか黙って取ってお持ち帰り願います。そのような処置は、いかがでしょう。」
七人の客は、ほっとしたように顔を挙げて、それがよい、と一様に賛意を表した。実際、愚図の原田にしては、大出来の思いつきである。弱気な男というものは、自分の得にならぬ事をするに当っては、時
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