を出た。
 家を出ると、急にむずかしき顔して衣紋《えもん》をつくろい、そり身になってそろりそろりと歩いて、物持の大旦那《おおだんな》がしもじもの景気、世のうつりかわりなど見て廻《まわ》っているみたいな余裕ありげな様子である。けれども内心は、天神様や観音様、南無八幡大菩薩《なむはちまんだいぼさつ》、不動明王|摩利支天《まりしてん》、べんてん大黒、仁王《におう》まで滅茶《めちゃ》苦茶にありとあらゆる神仏のお名を称《とな》えて、あわれきょう一日の大難のがれさせ給《たま》え、たすけ給えと念じて眼《め》のさき真暗、全身|鳥肌《とりはだ》立って背筋から油汗がわいて出て、世界に身を置くべき場所も無く、かかる地獄の思いの借財者の行きつくところは一つ。花街である。けれどもこの男、あちこちの茶屋に借りがある。借りのある茶屋の前は、からだをななめにして蟹《かに》のように歩いて通り抜け、まだいちども行った事の無い薄汚い茶屋の台所口からぬっとはいり、
「婆はいるか。」と大きく出た。もともとこの男の人品骨柄《じんぴんこつがら》は、いやしくない。立派な顔をしている男ほど、借金を多くつくっているものである。悠然《ゆう
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