はいよいよ明るくにぎやかになり、原田は大恐悦で、鬚の端の酒の雫《しずく》を押し拭《ぬぐ》い、
「しかし、しばらく振りで小判十両、てのひらに載せてみると、これでなかなか重いものでございます。いかがです、順々にこれを、てのひらに載せてやって下さいませんか。お金と思えばいやしいが、これは、お金ではございません。これ、この包紙にちゃんと書いてあります。貧病の妙薬、金用丸、よろずによし、と書いてございます。その親戚の奴《やつ》が、しゃれてこう書いて寄こしたのですが、さあ、どうぞ、お廻《まわ》しになって御覧になって下さい。」と、小判十枚ならびに包紙を客に押しつけ、客はいちいちその小判の重さに驚き、また書附けの軽妙に感服して、順々に手渡し、一句浮びましたという者もあり、筆硯《ひっけん》を借りてその包紙の余白に、貧病の薬いただく雪あかり、と書きつけて興を添え、酒盃《しゅはい》の献酬もさかんになり、小判は一まわりして主人の膝許《ひざもと》にかえった頃に、年長者の山崎は坐《すわ》り直し、
「や、おかげさまにてよい年忘れ、思わず長座を致しました。」と分別顔してお礼を言い、それでは、と古綿を頸に巻きつけた風邪
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