る。きょうよりのちは赤の他人と思っていただきたい。おれは、これから親孝行をするんだ。笑っちゃいけねえ。おれは、こんな世の中のあさましい実相を見ると、なぜだか、ふっと親孝行をしたくなって来るのだ。これまでも、ちょいちょいそんな事はあったが、もうもう、きょうというきょうは、あいそが尽きた。さっぱりと足を洗って、親孝行をするんだ。人間は、親に孝行しなければ、犬畜生と同じわけのものになるんだ。笑っちゃいけねえ。父上、母上、きょうまでの不孝の罪はゆるして下さい。」などと、議論は意外のところまで発展して、そうしてその小男は声を放って泣いて、泣きながら家へ帰り、翌《あく》る朝は未明に起き柴《しば》刈り縄《なわ》ない草鞋《わらじ》を作り両親の手助けをして、あっぱれ孝子の誉《ほま》れを得て、時頼公に召出され、めでたく家運隆昌に向ったという、これは後の話。
さて、浅田の狡智《こうち》にだまされた青砥左衛門尉藤綱は、その夜たいへんの御機嫌《ごきげん》で帰宅し、女房子供を一室に集めて、きょうこの父が滑川を渡りし時、火打袋をあけた途端に銭十一文を川に落し、国土の重宝永遠に川底に朽ちなん事の口惜しさに、人足ども
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