取りまかれて、ほんに旦那のようなお客ばかりだと私たちの商売ほど楽なものはございません、男振りがようて若うて静かで優しくて思《おもい》やりがあって上品で、口数が少くて鷹揚《おうよう》で喧嘩《けんか》が強そうでたのもしくてお召物が粋《いき》で、何でもよくお気がついて、はたらきがありそうで、その上、おほほほ、お金があってあっさりして、と残りくまなくほめられて流石《さすが》に思慮分別を失い、天下のお大尽《だいじん》とは私の事かも知れないと思い込み、次第に大胆になって豪遊を試み、金というものは使うためにあるものだ、使ってしまえ、と観念して、ばらりばらりと金を投げ捨て、さらにまた国元から莫大《ばくだい》の金銀を取寄せ、こうなると遊びは気保養にも何もならず、都の粋客に負けたくないという苦しい意地だけになって、眼つきは変り、顔も青く痩《や》せて、いたたまらぬ思いで、ただ金を使い、一年|経《た》たぬうちに、底知れぬ財力も枯渇《こかつ》して、国元からの使いが、もはやこれだけと旦那の耳元に囁《ささや》けば、旦那は愕然《がくぜん》として、まだ百分の一も使わぬ筈《はず》だが、あああ、小判には羽が生えているのか、無くなる時には早いものだ、ようし、これからが、わしの働きの見せどころだ、養父からゆずられた財産で威張っているなんて卑怯《ひきょう》な事だ、男はやっぱり裸一貫からたたき上げなければいけないものだ、無くなってかえって気がせいせいしたわい、などと負け惜しみを言って、空虚な笑声を発し、さあ今晩は飲みおさめと異様にはしゃいで見せたが、廓《くるわ》の者たちは不人情、しんとなって、そのうちに一人立ち二人立ち、座敷の蝋燭《ろうそく》を消して行く者もあり、あたりが急に暗くなって心細くなり、酒だ酒だ、と叫んで手をたたいても誰も来ず、やがて婆が廊下に立ったままで、きょうはお役人のお見廻りの日ですからお静かに、と他人にものを言うようなあらたまった口調で言い、旦那は呆《あき》れて、さすがは都だ、薄情すぎて、むしろ小気味がいい、見事だ、と婆をほめて立ち上り、もとよりこの男もただものでない、あの万屋《よろずや》のけちな大旦那に見込まれたほどの男である、なあに、金なんてものは、その気にさえなれあ、いくらでも、もうけられるものだ、これから国元へ帰って身を粉《こ》にして働き以前にまさる大財産をこしらえ、再び都へ来て、きょ
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