よ。お父さんには、この太鼓がよく似合ってよ。お父さんは派手好きだから、赤いものが、とてもよく似合うわ。こんど、真赤なお羽織を一枚こしらえてあげましょうね。」
「からかっちゃいけねえ。だるまじゃあるまいし、赤い半纏《はんてん》なんてのはお祭りにだって着て出られるわけのものじゃない。」
「でも、お父さんは年中お祭りみたいにそわそわしている、あんなのをお祭り野郎ってんだと陰口たたいていた人があったわよ。」
「誰《だれ》だ、ひでえ奴《やつ》だ、誰がそんな事を言ったんだ。そのままにはして置けねえ。」
「あたしよ、あたしが言ったのよ。何のかのと近所に寄合いをこしらえさせてお祭り騒ぎをしようとたくらんでばかりいるんだもの。いい気味だわ。ばちが当ったんだわ。お奉行《ぶぎょう》様は、やっぱりえらいな。お父さんのお祭り野郎を見抜いて、こらしめのため、こんな真赤なお祭りの太鼓をかつがせて、改心させようと思っていらっしゃるのに違いない。」
「こん畜生! 太鼓をかついでいなけれや、ぶん殴ってやるんだが、えい、徳兵衛ふびんさに、持前の親分|肌《はだ》のところを見せてやったばっかりに、つまらねえ事になった。」
「持前だって。親分肌だって。おかしいわよ、お父さん。自分でそんな事を言うのは、耄碌の証拠よ。もっと、しっかりしなさいね。」
「この野郎、黙らんか。」
またその翌日の夫婦は、
「あなたも、しかし、妙な人ですね。ふだんあんなにけちで、お客さんの煙草《たばこ》ばかり吸っているほどの人が、こんどに限って、馬鹿にあっさり十両なんて大金を出したわね。」
「そりゃあね、男の世界はまた違ったものさ。義を見てせざるは勇なき也。常日頃《つねひごろ》の倹約も、あのような慈善に備えて、――」
「いい加減を言ってるわ。あたしゃ知っていますよ。あなたは前から、あの徳兵衛さんのおかみさんを、へんにほめていらっしゃったわね。思召《おぼしめ》しがあるんじゃない? いいとしをして、まあ、そんな鬼がくしゃみして自分でおどろいてるみたいな顔をして、思召しも呆《あき》れるじゃないの、いいえ、あたしゃ知っていますよ、あなた、としを考えてごらんなさい、孫が三人もあるくせに、お隣りのおかみさんにへんな色目を使ったりなんかして、あなたはそれでも人間ですか、人間の道を知っているのですか、いいえ、あたしには、わかっていますよ、おかげでこんな
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