呆《あき》れるほど永く踊りつづけている者もあり、また、さいぜんから襖《ふすま》によりかかって、顔面|蒼白《そうはく》、眼《め》を血走らせて一座を無言で睨《にら》み、近くに坐《すわ》っている男たちを薄気味悪がらせて、やがて、すっくと立ち上ったので、すわ喧嘩《けんか》と驚き制止しかかれば、男は、ううと呻《うめ》いて廊下に走り出て庭先へ、げえと吐いた。酒の席は、昔も今も同じ事なり、しまいには、何が何やら、ただわあとなって、骨の無い動物の如く、互いに背負われるやら抱かれるやら、羽織を落し、扇子を忘れ、草履《ぞうり》をはきちがえて、いや、めでたい、めでたい、とうわごとみたいに言いながらめいめいの家へ帰り、あとには亭主《ていしゅ》ひとり、大風の跡の荒野に伏せる狼《おおかみ》の形で大鼾《おおいびき》で寝て、女房は呆然《ぼうぜん》と部屋のまんなかに坐り、とにかく後片附けは明日と定め、神棚の桝を見上げては、うれしさ胸にこみ上げ、それにつけても戸じまりは大事と立って、家中の戸をしめて念いりに錠《じょう》をおろし、召使い達をさきに寝かせて、それから亭主の徳兵衛を静かにゆり起し、そんな大鼾で楽寝をしている場合ではありません、ご近所の有難《ありがた》いお情を無にせぬよう、今夜これから、ことしの諸払いの算用を、ざっとやって見ましょう、と大福帳やら算盤《そろばん》を押しつければ、亭主は眼をしぶくあけて、泥酔《でいすい》の夢にも債鬼に苦しめられ、いまふっと眼がさめると、われは百両の金持なる事に気附いて、勇気百千倍、むっくり起き上り、
「よし来た、算盤よこせ、畜生め、あの米屋の八右衛門《はちえもん》は、わしの先代の別家なのに、義理も恩も人情も忘れて、どこよりもせわしく借りを責め立てやがって、おのれ、今に見ろと思っていたが、畜生め、こんど来たら、あの皺面《しわづら》に小判をたたきつけて、もう来年からは、どんなにわしにお世辞を言っても、聞かぬ振りして米は八右衛門の隣りの与七の家から現金で買って、帰りには、あいつの家の前で小便でもして来る事だ。とにかく、あの神棚の桝をおろせ。久しぶりで山吹の色でも拝もう。」と大あぐらで威勢よく言い、女房もいそいそと立って神棚から一升桝をおろして見ると、桝はからっぽ、一枚の小判も無い。夫婦は仰天して、桝をさかさにしたり叩《たた》いてみたり、そこら中を這《は》い廻ってみたり、
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