て、姉さん、あたしはこれで鉢巻《はちまき》をたくさんこしらえるつもりなの。白絹の鉢巻は勇しくって、立派な親分さんみたいに見えるわよ。お父さんも、お仕事の時には絹の白鉢巻をしてお出かけになったわね。」とたわい無い事を言っている。
「まあ、そんな、つまらない。ね、いい子だから、姉さんにそれをゆずってくれない? こんど、何かまたいいものが手にはいった時には姉さんは、みんなお前にあげるから。」
「いやよ。」と妹は強く首を振った。「いや、いや。あたしは前から真白な鉢巻をほしいと思っていたのよ。旅人をおどかすのに、白鉢巻でもしてないと気勢があがらなくて工合いがわるいわ。」
「そんな馬鹿な事を言わないで、ね、後生《ごしょう》だから。」
「いや! 姉さん、しつっこいわよ。」
へんに気まずくなってしまった。けれども姉はそんなに手きびしく断られるといよいよ総身が燃え立つように欲しくなり、妹に較《くら》べておとなしいとはいうものの、普段おとなしい子こそ思いつめた時にかえって残酷のおそろしい罪を犯す。殊《こと》にも山賊の父から兇悪《きょうあく》の血を受け、いまは父の真似して女だてらに旅人をおどしてその日その日を送り迎えしている娘だ。胸がもやもやとなり、はや、人が変り、うわべはおだやかに笑いながら、
「ごめんね、もう要らないわよ。」と言ってあたりを見廻し、この妹を殺して絹を奪おう、この腰の刀で旅人を傷つけた事は一度ならずある、ついでに妹を斬《き》って捨てても、罪は同じだ、あたしは何としても、晴衣を一枚つくるのだ、こんどに限らず、帯でも櫛でもせっかくの獲物をこんな本当の男みたいな妹と二人でわけるのは馬鹿らしい、むだな事だ、にくい邪魔、突き刺して絹を取り上げ、家へ帰ってお母さんに、きょうは手剛《てごわ》い旅人に逢《あ》い、可哀想《かわいそう》に妹は殺されましたと申し上げれば、それですむ事、そうだ、少しも早くと妹の油断を見すまし、刀の柄《つか》に手を掛けた、途端に、
「姉さん! こわい!」と妹は姉にしがみつき、
「な、なに?」と姉はうろたえて妹に問えば妹は夕闇《ゆうやみ》の谷底を指差し、見れば谷底は里人の墓地、いましも里の仏を火葬のさいちゅう、人焼く煙は異様に黒く、耳をすませば、ぱちぱちはぜる気味悪い音も聞えて、一陣の風はただならぬ匂《にお》いを吹き送り、さすがの女賊たちも全身|鳥肌《とりはだ》
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