吐くは禁物。すべての人に侮《あなど》られる。大声でわめいて誰かれの差別なく喧嘩《けんか》口論を吹っ掛けるのも、人に敬遠されるばかりで、何一ついい事が無い。なるべくなら末席に坐り、周囲の議論を、熱心に拝聴し、いちいち深く首肯している姿こそ最も望ましいのだが、つい酒を過した時には、それもむずかしくなる。その時には、突然立ち上って、のども破れよとばかり、大学の歌を歌え。歌い終ったら、にこにこ笑って、また酒を飲むべし。相手から、あまりしつこく口論を吹っかけられた場合には、屹《き》っとなって相手の顔を見つめ、やがて静かに、君も淋《さび》しい男だね、とこう言え。いかな論客でも、ぐにゃぐにゃになる。けれども、なるべくならば笑って柳に風と受け流すが上乗。宴が甚《はなは》だ乱れかけて来たならば、躊躇《ちゅうちょ》せず、そっと立って宿へ帰るという癖をつけなさい。何かいい事があるかと、いつまでも宴席に愚図愚図とどまっているような決断の乏しい男では、立身出世の望みが全くないね。帰る時には、たしかな学友を選んでその者に、充分の会費を手渡す事を忘れるな。三両の会費であったら、五両。五両の会費であったら十両、置いてさっと引き上げるのが、いい男です。人を傷つけず、またお前も傷つかず、そうしてお前の評判は自然と高くなるだろう。ああ、それから飲酒に於《お》いて最も注意を要する事が、もう一つあります。それは、酒の席に於いては、いかなる約束もせぬ事。これは、よくよく気をつけぬと、とんだ事になる。飲酒は感激を呼び、気宇《きう》も高大になる。いきおい、自分の力の限度以上の事を、うかと引き受け、酔いが醒《さ》めて蒼くなって後悔しても、もう及ばぬ。これは、破滅の第一歩。酔って約束をしてはならぬ。つぎには、女。これもまた、やむを得ない。ただ、あの、自惚《うぬぼ》れだけは警戒しなさい。お前は、ポローニヤスの子だ。父と同様に、女に惚《ほ》れられる柄《がら》でない。お前は、小さい時から大鼾《おおいび》きをかく子であった事を忘れてはいけない。あのような大鼾きでは、女房以外の女なら必ず閉口します。女の誘惑に逢《あ》った時、お前は、きっとあの大鼾きを思い出す事にしなさい。いいか? フランスできらわれても、デンマークには、お前でなければいけないという綺麗な娘もいるんだから、そこはお父さんにまかせて、向うでは、あまり自惚れないほうがよい。若い時の女遊びは、女を買うのではなく、自分の男を見せびらかしに行くんだから、自惚れこそは最大の敵と思っていなさい。さて、次は、――」
 レヤ。「賭博《とばく》です。五両だけ損して笑って帰る事です。儲《もう》けては、いけませんのです。」
 ポロ。「その次は、――」
 レヤ。「服装の事です。いいシャツを着て、目立たぬ上衣《うわぎ》を着るのです。」
 ポロ。「その次は、――」
 レヤ。「宿のおばさんに手土産を忘れぬ事です。あまり親しくしてもいけないのです。」
 ポロ。「その次は、――」
 レヤ。「日記をつける事と、固パンを買って置く事と、鼻毛を時々はさむ事と、ああ、もう船が出ます。お父さん、お達者で。むこうに着いたら、ゆっくりお便りを差し上げます。オフィリヤ、さようなら、さっき兄さんの言った事を忘れちゃいかんよ。」
 ポロ。「あ、もう行ってしまった。なんて素早い奴だ。でも、まあ、あれくらい言って置いたらいいだろう。送金の限度に就いて言うのを忘れたが、あ、散策の必要も言い忘れたが、まあ、また後で手紙で言ってやる事にしよう。おや、オフィリヤ、顔色がよくないよ。兄さんが何かお前に無理な事を言ったんだね。わかっていますよ。お前にお小使い銭をねだったのでしょう? お父さんから貰《もら》うだけでは不足だから、これからも毎月こっそり何程かずつ送るようにお前をおどかして命令したんだ。いや、それに違いない。わるい奴さ。」
 オフ。「いいえ、お父さんちがいます。兄さんは、そんな、つまらないお方じゃないわ。大丈夫よ。いまのような、こまかい御注意などなさらなくても、兄さんは、みんな心得ていらっしゃるのに。」
 ポロ。「それあ、そうさ。当り前の事だ。二十三にもなって、あれくらいの事を心得ていないで、どうする。同じ年齢でも、ハムレットさまなどに較《くら》べると三倍も大人だ。レヤチーズは、此の親爺《おやじ》よりも偉くなる子です。でも、あんなにやかましく、こまごま言ってやるのは、わしの、深く考えた上での計略なんだ。あの子だって、うるさいとは思っていながら、自分に何かとやかましく言ってくれる者が在るという思いは、また、あれにとって生きて行く張り合いになるのです。あれの行末を、ずいぶん心配している者が、ここに一人いるという事を、あれに知ってもらったら、わしはそれで満足なのだ。いろいろ、うるさい注意も
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