、ハムレットさまは只今、オフィリヤの事よりも、先王の死因に就いてのあの恐ろしい噂の事ばかり気にして居られて、必ず噂の根元《こんげん》を突きとめてみたい、と意気込んでおっしゃるような始末なので、こんな無分別なお若い人たちのなさる事を黙って傍観していると、藪《やぶ》から蛇《へび》みたいな、たいへんな結果が惹起《じゃっき》するかも知れぬ、ここはポローニヤス、一世一代の策略、または忠誠の置土産、躊躇《ちゅうちょ》せずに若い人たちの疑惑を支持し、まっさき駈《か》けて、正義を叫び、あのような甘ったるい朗読劇を提唱し、若い人たちのほうで呆《あき》れて、興覚めするように仕組んだのだという事は、まえにも申し上げましたが、王さまは、てんで信じて下さいませんでした。わしの心の奥隅《おくすみ》には、やはりオフィリヤが「じらしく、なんとかして、あの子だけでも仕合せになれるように祈っているところもあったのでございましょう。いやな疑惑を一刻も早く、ハムレットさまのお心から追い払ってあげて、そうしてあとはオフィリヤの事ばかりを考えて下さるよう、全力を挙げてオフィリヤの為にたたかって下さるよう、そのような、オフィリヤの為にもよかれ、と思って仕組んだところも無いわけではなかった。けれども、決してそればかりでは、ございません。王さま、お信じ下さい! 人間には、よい事をしたいという本能があります。ひとに感謝をされたいと思って生きているものです。ポローニヤスは、きょう一日、王さまのため、王妃さまのため、ハムレットさまのため、忠誠の立派な置土産をしたつもりで居ります。お褒《ほ》めにあずかって当然のところ、おろかな言い繕いだの、破れかぶれだのおっしゃって嘲笑《ちょうしょう》なされ、はては、嫉妬なぞと思いも掛けぬ濡衣《ぬれぎぬ》を着せようとなさるので、ポローニヤスもつい我慢ならず、失礼な雑言を口走りました。ポローニヤスは、もはや観念して居ります。王さまは此の二箇月間、ポローニヤスがこのような窮地に落ちいるのを、待ちに待って居られたのです。さぞ、本懐でございましょう。ポローニヤスは、なるほど馬鹿でございます。デンマーク一ばんの、おろか者でございます。どうせこんな結果になるのが、はじめからわかっていたのに、忠誠の置土産などと要らざる義理立てをしたばかりに、かえって不利な立場に押し込まれました。御処罰も、数段と重くなった事でございましょう。自ら墓穴を掘りました。」
王。「ああ、わしは眠っていました。たくみな台詞《せりふ》まわしに、つい、うっとりしたのです。ポローニヤス、少し未練がましくないかね。いまさら愚痴を並べてみても、はじまらぬ。おさがりなさい。わしの心は、きまっています。」
ポロ。「わるいお方だ。王さま、あなたは、わるいお方です。わしは、あなたを憎みます。申しましょうか。あの事を、わしは知らないと思っているのですか。わしは、見たのです。此の眼で、ちゃんと見たのです。二箇月前、あれを、一目《ひとめ》見たばかりに、それ以来わしは不幸つづきなのだ。王さまは、わしに見られた事に気附いて、それからわしを失脚させようと鵜の目、鷹の目になられたのです。わしは、王さまから嫌《きら》われてしまった。そのうち必ず、わしは窮地におとされて、此の王城から追い払われるだろうとわしは覚悟をしていました。ああ、見なければよかった。何も、知らなければよかった。正義! 先刻《さっき》までは見せかけだけの正義の士であったが、もういまは、腹の底から、わしは正義のために叫びたくなりました。」
王。「さがれ! 聞き捨てならぬ事を言う。自分の過失を許してもらいたいばかりに、何やら脅迫がましい事まで口走る。不潔な老いぼれだ。さがれ!」
ポロ。「いや、さがらぬ。わしは見たのだ。ふたつき前の、あの日、忘れもせぬ、朝は凍えるように寒かったが、ひる少しまえから陽《ひ》がさして、ぽかぽか暖くなって先王は、お庭に、お出ましなさったが、その時だ、その時。」
王。「乱心したな! 処罰は、ただいま与えてやる。」
ポロ。「処罰、いただきましょう。わしは見たのだ。見たから、処罰をもらうのだ。あ! 畜生! 短剣の処罰とは!」
王。「ゆるせ。殺すつもりは無かったが、つい、鞘《さや》が走って、突き刺した。さきほどからの不埒の雑言、これも自分の娘|可愛《かわい》さのあまりに逆上したのだ、不憫《ふびん》の老人と思い怺《こら》えて聞いていたのだが、いよいよ図に乗り、ついには全く気が狂ったか、奇怪な恐ろしい事までわめき散らすので、前後のわきまえも無く短剣引き抜き、突き刺した。ゆるせ。君の言葉も過ぎたのだ。オフィリヤの事なら心配するな。ポローニヤス、わしの言う事が、わかるか。わしの顔が、わかるか。」
ポロ。「正義のためだ。そうだ、正義のため
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