ハムレットだのホレーショーだのと一緒になって、歯の浮くような、きざな文句を読みあげて、いったい君は、どうしたのです。なにが朗読劇だ。遠い向うの、遠い向うの、とおちょぼ口して二度くりかえして読みあげた時には、わしは、全身、鳥肌《とりはだ》になりました。ひどかったねえ。見ているほうが恥ずかしく、わしは涙が出ました。君は、もとから神経が繊細で、それはまた君の美点でもあり、四方八方に、こまかく気をくばってくれて、遠い将来の事まで何かと心配し、わしに進言してくれるので、わしは大変たすかり、君でなくてはならぬと、心から感謝し、たのもしくも思っていたのですが、それが同時に君の欠点でもあって、豪放|磊落《らいらく》の気風に乏しく、物事にこせこせして、愚痴っぽく、思っていることをそのまま言わず、へんに紳士ふうに言い繕う癖があります。詩人肌とでもいうのでしょうかね。どうも陰気でいけません。胸の中に、いつも、うらみを抱いているように見えるものですから、城中の者どもにも、けむったがられ、あまり好かれないようじゃありませんか。たいして悪い事も出来ない癖に、どこやら陰険に見えるのです。性格が、めめしいのです。濁っているのです。」
 ポロ。「この王にして、この臣ありとでも言うところなのでしょう。ポローニヤスのめめしいところは、王さまからの有難い影響でございましょう。」
 王。「血迷って、何を言うのです。無礼です。何を言うのです。その、ふくれた顔つきは、まるで別人のように見えます。ポローニヤス、君は、本当に、どうかしているのではないですか。さきほどは、あんな薄気味のわるい黄色い声を出して花嫁とやらの、いやらしい役を演じ、もともと神経が羸弱《るいじゃく》で、しょげたり喜んだり気分のむらの激しい人だから、何かちょっとした事件に興奮して地位も年齢も忘れて、おどり出したというわけか、でも、それにも程度がある、ポローニヤスとわしとは、三十年間、謂《い》わばまあ同じ屋根の下で暮して来たようなものですが、今夜のように程度を越えた醜態は、はじめてだ、これには、或《ある》いは深いわけがあるのかも知れぬ、ゆっくり問いただしてみましょう、と思ってわしは君をここへお呼びしたのですが、なんという事です。一言のお詫《わ》びどころか、顔つきを変えて、このわしに食ってかかる。ポローニヤス! さ、落ちついて、はっきり答えて下さい。君は、いったい、なんだってあんな子守っ子だって笑ってしまうような甘ったるい芝居を、年甲斐《としがい》もなくはじめる気になったのですか。とにかくあの芝居は、いや、朗読劇か、とにかくあの、くだらない朗読劇は、君の発案ではじめたものに違いない。わしには、ちゃんとわかっています。ハムレットだって、ホレーショーだって、もっと気のきいた台本を択《えら》びます。あんな大仰な、身震いせざるを得ないくらいの古くさい台本は、君でなくては、択べません。何もかも、君の仕業です。さ、ポローニヤス、答えて下さい。なんだってあんな、無礼な、馬鹿な真似《まね》をするのです。」
 ポロ。「王さまは御聡明《ごそうめい》でいらっしゃるのですから、べつにポローニヤスがお答え申さずとも、すべて御洞察《ごどうさつ》のことと存じます。」
 王。「こんどは又、ばか丁寧に、いや味を言う。すねたのですか? ポローニヤス、そんな気取った表情は、およしなさい。ハムレットそっくりですよ。君も、ハムレットのお弟子《でし》になったのですか? さっき王妃から聞いた事ですが、このごろあちこちにハムレットのお弟子があらわれているそうですね。ホレーショーは、あれは前からハムレットには夢中で、口の曲げかたまでハムレットの真似をしているのですが、このごろはまた、わかい女のお弟子も出来たそうです。それからまた、ただいまは、おじいさんのお弟子も出来たようです。ハムレットも、こんなにどしどし立派な後継者が出来て、心丈夫の事でしょう。ポローニヤス、いいとしをして、そんなにすねるものではありません。不満があるなら、からりと打ち明けてみたら、どうですか。オフィリヤの事なら、わしはもう覚悟をきめています。」
 ポロ。「おそれながら、問題は、オフィリヤではございません。あれの運命は、もうきまって居《お》ります。田舎のお城に忍んで行って、ひそかにおなかを小さくするだけの事です。そうしてわしは、職を辞し、レヤチーズの遊学は中止。わしたち一家は没落です。それはもう、きまっている事です。ポローニヤスは、あきらめて居ります。ハムレットさまは、やはりイギリスから姫をお迎えなさらなければなりませぬ。一国の安危にかかわる事です。オフィリヤも不憫《ふびん》ではありますが、国の運命には、かえられませぬ。ポローニヤス一家は、いかなる不幸にも堪え忍んで生きて行くつもりでございま
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