。わけもなんにもありゃしない。事件は、実に単純です。ホレーショーどの、まあ、もっとこっちへおいでなさい。おやおや、あなたの上衣《うわぎ》の裾《すそ》は破れたじゃありませんか。どうも、あなたがたは乱暴でいけません。うちのレヤチーズも、ずいぶん乱暴者のようですが、でも、あなたがた程ではありませんよ。まあ、ハムレットさまも落ちつきなさい。いまは、重大な時です。笑って、ふざけている場合ではありません。ホレーショーどのも、これからは、わしたちの力になって下さらなければいけません。これからは、此の三人で、さまざま相談も致したいと思います。それで? ホレーショーどのは、いま王さまから、どんな事を伺って来たのです。聞かせて下さい。わしは、きょうからハムレットさまのお味方なのですから、信頼して、なんでも知らせて下さい。王さまは、あなたに、なんとおっしゃったのですか?」
ホレ。「おどろいた、夢のようだと、おっしゃっていましたよ。」
ハム。「それから、僕の悪口も言っていたろう。」
ホレ。「ひがんじゃ、いけません。王さまは、なかなか、わかっていらっしゃる。いや、どうだかな? とにかく、おどろいていらっしゃる。」
ポロ。「要領を得ない。もっと、はっきりおっしゃって下さい。王さまの御意見は、どうなんですか?」
ホレ。「いや、それが、その、いや、実に古くさい。ばかばかしい。僕は、あきれましたよ。僕には、ハムレットさまのお気持は、わかっているんだ。けれども王さまは、ひどい勘違いをなさっているので、僕は呆《あき》れました。おそれつつしんで退出したのですけれど、いや、ひどいなあ。」
ハム。「わかったよ。とても許されぬ、と言うんだろう? イギリスから姫を迎える、と言うんだろう? わかっているよ。」
ホレ。「そのとおり。いや、まだひどい。ハムレットさまのお気持も、そろそろ冷くなっている筈《はず》だと思う、とおっしゃっておいででした。だから、オフィリヤさんを、しばらく田舎へ引き籠《こも》らせて、それで万事を解決させる。人の噂《うわさ》も、二箇月だとか、五箇月だとか、いや六箇月だったかな? とにかくそんな具合の御意見でした。悪いようにはしないそうです。王さまも、決して悪意でおっしゃっているのではないのです。それだけは、誤解なさらぬように。ただ、王さまは、勘違いなさって居られるだけなんだ。僕は、とにかく、ハムレットさまに、王さまの御厚志をお伝えするように言いつかったというわけなのです。王妃さまは、なんだか、ひとりで笑って居られました。ハムレットさまのお気持を、よくわかっておいでの御様子でありました。だから決して、絶望というわけではないのです。此の際、王妃さまにお願いするのですね。王さまは、だめです。根っから、いけません。つまり、古いという事になりますかねえ。」
ハム。「ホレーショー、いい加減の事を言うのは、よせよ。古い、新しいの問題じゃない。現世主義者は、いつでもそうなんだ。叔父さんは、現世の幸福を信じているんだ。叔父さんとしては当然の意見だ。僕だって、それくらいの事は、はじめっから知っていたさ。問題は、そこだよ。そこが苦しいところなんだ。忍従か、脱走か、正々堂々の戦闘か、あるいはまた、いつわりの妥協か、欺瞞《ぎまん》か、懐柔か、to be, or not to be, どっちがいいのか、僕には、わからん。わからないから、くるしいのだ。」
ポロ。「二度! くるしいという言葉を、二度もおっしゃいました。あなたは、すぐにそんな大袈裟な哲学めいた事を、口走って意味も無い溜息《ためいき》ばかり吐《つ》いて、まるで下手な役者の真似みたいな表情をなさいますが、実にみっともない。王さまのお言葉は、わしだって覚悟していました。これしきの事で、取乱してはいけません。ポローニヤスには、王さまの御処置がわかっていました。だから、わしも、辞表を提出したのです。いまは、たのみとすべきは、ハムレットさま、あなただけです。わしには、わしの考えがあります。ホレーショーどのも、御助勢下さい。すべて、ハムレットさまのためです。さあ、ホレーショーどの、誓って下さい。わしの、これから言う事を必ず他言しないと誓って下さい。」
ホレ。「どうしたのです。ポローニヤスどの、急に鹿爪《しかつめ》らしくなってしまいましたね。」
ポロ。「ハムレットさまのためです。誓言は、おいやなのですか?」
ホレ。「誓いますよ、誓いますよ。なんだか、木に竹を継いだみたいに唐突なので、めんくらったのです。誓いますよ。ハムレットさまのためなら、どんないやな事だって致します。」
ポロ。「あなたを信頼します。それでは、申し上げます。ハムレットさま、さっき、ちょっと言いかけて、ホレーショーどのが来たので止《よ》しましたが、実
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