をそんなにこわい顔をして怒っているのです。失敬ですよ。」
ポロ。「見上げたものです。涙も出ません。これが、わしの二十年間、手塩にかけてお育て申したお子さまか。ハムレットさま、ポローニヤスは夢のようです。」
ハム。「困りますね。ポローニヤスも、おとしをとられたようですね。往年の智慧者《ちえしゃ》も、僕の乱心などを信じるようじゃ、おしまいだ。」
ポロ。「乱心? そうです、あなたは、たしかに気が狂って居られる。むかしのハムレットさまは、なんぼなんでも、これほどじゃなかった。」
ハム。「寄ってたかって、僕を本物の気違いにしようとしている。それではポローニヤス、あなた迄が、あの噂を本当に全部、信じているのですね?」
ポロ。「信じるも何も。いまさら、何をおっしゃる。もういい加減に、そんな卑怯《ひきょう》な言いかたは、およしなさい。」
ハム。「卑怯だと? 何が卑怯だ。僕は、どうして卑怯なのだ。あなたこそ失敬至極じゃないか。僕にはあなたに、おわびしなければならぬ事もあるのだし、これまでずいぶん、あなたには遠慮して来た。いまだって、殴りつけてもやりたい気持を何度も抑えて、あなたと話しているのです。するとあなたは、いよいよ僕を見くびって、聞き捨てならぬ悪口雑言を並べたてる。僕も、もう容赦しません。ポローニヤス、僕は、はっきり言います。あなたは、不忠の臣だ。叔父上の悪事の噂を信じ、母上を嘲笑《ちょうしょう》し、僕を本物の気違いにしようとしている。ハムレット王家の、おそるべき裏切者だ。辞表を提出するまでも無い。即刻、姿を消してもらいたい。」
ポロ。「なるほど、いろいろの手があるものだ。そういう出方《でかた》をなさろうとは、智慧者のポローニヤスにも考え及ばぬ事でした。ポローニヤスも、お言葉のように、としをとったものと見えます。なるほど、いやな噂が、もう一つあった。此の際に、そのほうだけを騒ぎ立て、ご自分の不仕鱈《ふしだら》な噂のほうは二の次にしようとなさる。ご自分の悪事を言われたくないばかりに、やたらに他人の噂を大事件のように言いふらし、困ったことさ等《など》と言って思案|投首《なげくび》、なるほど聡明《そうめい》な御態度です。醜聞の風向を、ちょいと変える。クローヂヤスさまこそ、いい迷惑だ。あ、痛い! ハムレットさま、ひどい、何をなさる。殴りましたね。おう痛い。気違いにあっち
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