よそばなし》は、およし下さい。ハムレットさま。わしは、けさ辞表を提出しました。」
 ハム。「辞表を? なぜです。何か、問題が起ったのですか? 軽率ですね。あなたは、いまのエルシノア王城に無くてはかなわぬ人です。」
 ポロ。「何をおっしゃる。あなたの、その無心なお顔に、ポローニヤスは、いま迄《まで》だまされて来ました。わしは城中の残念な噂を、やっと、きのう耳にしました。」
 ハム。「噂を? なあんだ、その事か。でも、あれは重大です。僕だって、あなたをだましていたわけではないのです。あんないやな噂を聞かされて、それでも知らぬ振りしてとぼけている事など、とても僕には出来ません。本当に、僕も知らなかったのです。実は、ゆうべ或る人から、はじめて聞かされ、おどろいたのです。けれども、あなたが今まで、ご存じなかったとは意外です。日頃のあなたらしくも無いじゃありませんか。ちょっと、迂濶《うかつ》でしたね。本当に、ご存じなかったのですか? そんな事は無いでしょう。もし、本当に、ご存じなかったとしたら、それは、引責辞職の問題も起るでしょうけど、でも、あなたほどの人が、ご存じなかったという筈は無い。」
 ポロ。「ハムレットさま、失礼ながら、正気でいらっしゃいますか?」
 ハム。「なんですって? ばかにしないで下さい。見ればわかるじゃないですか。まさか、あなたまで、あの噂を信じていらっしゃるわけじゃないでしょうね。」
 ポロ。「嘘の天才! よくもそんな、白々しい口がきけるものだ。ハムレットさま、そんな浅墓《あさはか》な韜晦《とうかい》は、やめて下さい。若い者なら若い者らしく、もっと素直におっしゃったら、いかがです。とても隠し切れるものでは、ありません。わしは、きのう直接、当人から聞いてしまいました。」
 ハム。「なんです、いったい、なんの事を言っているのです。ポローニヤス、言葉が過ぎやしませんか? 僕は、あなたの主人だとか何とか、そんな事は考えていませんが、あなたの言葉は、たとい親しい友人同志の間であっても笑っては済まされん。僕は、御推量のとおり、だらしのない、弱虫の、道楽者です。何一つ、あなた達のお手伝いが出来ません。けれども、僕だってデンマーク国の為《ため》には、いつでも命を捨てるつもりなのだ。ハムレット王家の将来に就《つ》いても、心をくだいている筈だ。ポローニヤス、言葉が過ぎます。何
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