った父を好きでして、大学へはいるようになっても、休暇でお城へ帰ると、もう朝から晩まで父のお居間にいりびたりでした。子供の頃《ころ》には、尚《なお》ひどくて、ちょっとでも父が見えなくなると、もう不機嫌《ふきげん》で、どこへいらっしゃったかと、みんなに尋ね廻って閉口でした。その父が、あんな不慮の心臓病とやらで、突然おなくなりになったものですから、あの子は、もう、どうしていいか、わからなくなったのでしょう。先王が、おなくなりになってから、急に目立っていけなくなりました。それに私が、まあ、みっともない事ですが、此《こ》のデンマークの為とあって、クローヂヤスどのと、名目ばかりですが、夫婦になったという事も、あの子にとっては意外な事件で、よっぽど気持を暗くさせたのではないかと思います。いろいろ考えてみると、あの子が可哀《かわい》そうにもなります。無理もないとも思います。でも、あの子だって、デンマーク国の王子ハムレットです。やがては位を継がなければならぬ人です。父や母が、一時に身辺から去ったといって、いつまでも、泣いたり、すねたりしていると、第一、臣下に見くびられます。いまは大事なところだと思いまキ。私がクローヂヤスどのと結婚したとは言っても、別段よそのお城へ行くわけでなし、今までどおりに、やっぱりハムレットの実母として、一緒に暮して行く筈《はず》ですし、また、現在の王も、もともと他人ではなし、ハムレットとあんなに仲のよかった叔父上なのですから、ハムレットさえこの頃のひがんだ気持を、ちょっと持ち直してくれたら、すべてが円満に、おだやかに行くものと、私は思います。クローヂヤスどのも、昔のような軽薄の行状をつつしみ、いまは、先王に劣らぬ立派な業績を挙げようとして一生懸命なのです。ハムレットの事も、ずいぶん心配して居《お》られます。義理ある仲ですから、いろいろ遠慮もある事でしょう。私が、その二人の仲にはいって、いつも、はらはらしています。ハムレットは、てんで、もう叔父上を、ばかにしているのですもの。あれでは、いけません。かりにも父となり、子となったからには、ハムレットも、も少し礼儀を弁《わきま》えなければいけません。もう昔の、山羊のおじさんではないのですものね。デンマークは今、あぶない時なのだそうです。ノーウエーでは、もう国境に兵隊を繰り出しているという噂《うわさ》さえあるじゃありませ
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