ないんだ。ホレーショー、その外套《がいとう》を返しておくれ。こんどは、僕のほうで寒くなった。」
 ホレ。「お返し致《いた》します。ハムレットさま、いずれ明日、ゆっくりお話いたしたいと存じますが。」
 ハム。「望むところだ。ホレーショー、怒ったのかい? ああ、浪《なみ》の音が聞えるね。ホレーショー、僕は今夜、もっと大事の秘密も君に聞いてもらいたいと思っていたんだけど、も少し、つき合ってくれないか? 今の噂に就《つ》いても、もっと話合ってみたいし、それから、も一つ僕には苦しい秘密があるんだよ。」
 ホレ。「いずれ、明日、お互いに落ちついてからにしていただきたく存じます。今夜は、おゆるし下さい。僕も、ゆっくり考えてみたいと思っています。僕は、何せ、ジャケツを着て居りませんので。」
 ハム。「勝手にし給え。君は人の興奮の純粋性を信じないから駄目《だめ》だ。じゃ、まあ、ゆっくりお休み。ホレーショー、僕は不仕合せな子だね。」
 ホレ。「存じて居ります。ホレーショーは、いつでも、あなたの味方です。」

   四 王妃の居間

 王妃。ホレーショー。

 王妃。「私が、王にお願いして、あなたをウイッタンバーグからお呼びするように致しました。ハムレットには、ゆうべ、もう逢《あ》いましたでしょうね。どうでしたか? まるで、だめだったでしょう? どうして急に、あんなになったのでしょう。言う事は、少しも取りとめがなく、すぐ、ぷんと怒るかと思えば、矢鱈《やたら》に笑ったり、そうかと思えば大勢の臣下のいる前で、しくしく泣いて見せたり、また、あらぬ事を口走って王に、あなた、食ってかかったりするのです。あの子ひとりの為《ため》に、私は、どんなにつらい思いをするかわかりません。以前も、気の弱い、どこか、いじけたところのある子でしたが、でも、あれ程ではありませんでした。気がむくと、とても奇抜なお道化《どけ》を発明して、私たちを笑わせてくれたものでした。たいへん無邪気なところもありました。なくなった父の、としとってからの子ですから、父も、ずいぶん可愛《かわい》がって、私も、大事な一人きりの子ですし、なんでもあの子の好きなようにさせて育てましたが、それが、あの子の為に、よくなかったようでした。どうも、両親の、としとってからの子は、劣るようです。いつまでも両親を頼りにして、甘えていけません。あの子は、なくな
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