て居ります。ハムレットさまに捨てられても、あたしは、子供と二人で毎日たのしく暮して行けます。王妃さま。オフィリヤには、オフィリヤの誇りがございます。ポローニヤスの娘として、恥ずかしからぬ智慧《ちえ》も、きかぬ気もございます。あたしは、なんでも存じて居ります。ハムレットさまに、ただわくわく夢中になって、あのおかたこそ、世界中で一ばん美しい、完璧《かんぺき》な勇士だ等とは、決して思って居りません。失礼ながら、お鼻が長過ぎます。お眼が小さく、眉《まゆ》も、太すぎます。お歯も、ひどく悪いようですし、ちっともお綺麗《きれい》なおかたではございません。脚だって、少し曲って盾閧ワすし、それに、お可哀そうなほどのひどい猫脊《ねこぜ》です。お性格だって、決して御立派ではございません。めめしいとでも申しましょうか、ひとの陰口ばかりを気にして、いつも、いらいらなさって居ります。いつかの夜など、信じられるのはお前だけだ、僕は人にだまされ利用されてばかりいる、僕は可哀想な子なのだからお前だけでも僕を捨てないでおくれ、と聞いていて浅間しくなるほど気弱い事をおっしゃって、両手で顔を覆《おお》い、泣く真似をなさいました。どうして、あんな、気障なお芝居をなさるのでしょう。そうしてちょっとでもあたしが慰めの言葉を躊躇《ちゅうちょ》している時には、たちまち声を荒くして、ああ僕は不幸だ、誰も僕のくるしみをわかってくれない、僕は世界中で一ばん不幸だ、孤独だ等とおっしゃって、髪の毛をむしり、せつなそうに呻《うめ》くのでございます。ご自分を、むりやり悲劇の主人公になさらなければ、気がすまないらしい御様子でありました。突然立ち上って、壁にはっしとコーヒー茶碗《ぢゃわん》をぶっつけて、みじんにしてしまう事もございます。そうかと思うと、たいへんな御機嫌《ごきげん》で、世の中に僕以上に頭脳の鋭敏な男は無いのだ、僕は稲妻のような男だ、僕には、なんでもわかっているのだ、悪魔だって僕を欺《あざむ》く事が出来ない、僕がその気にさえなれば、どんな事だって出来る、どんな恐ろしい冒険にでも僕は必ず成功する、僕は天才だ等とおっしゃって、あたしが微笑《ほほえ》んで首肯《うなず》くと、いやお前は僕を馬鹿にしている、お前は僕を法螺吹《ほらふ》きだと思っているのに違いない、お前は僕を信じないからだめだ、こんどは、ひどく調子づいて御自分の事を滅
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