か。それに対する答案として、私はシルレルの物語詩を一篇、諸君に語りましょう。シルレルはもっと読まなければいけない。
今のこの時局に於《おい》ては尚更《なおさら》、大いに読まなければいけない。おおらかな、強い意志と、努めて明るい高い希望を持ち続ける為にも、諸君は今こそシルレルを思い出し、これを愛読するがよい。シルレルの詩に、「地球の分配」という面白い一篇がありますが、その大意は、凡《およ》そ次のようなものであります。
「受取れよ、この世界を!」と神の父ゼウスは天上から人間に号令した。
「受取れ、これはお前たちのものだ。お前たちにおれは、これを遺産として、永遠の領地として、贈ってやる。さあ、仲好く分け合うのだ。」その声を聞き、忽《たちま》ち先を争って、手のある限りの者は右往左往、おのれの分前を奪い合った。農民は原野に境界の杙《くい》を打ち、其処《そこ》を耕して田畑となした時、地主がふところ手して出て来て、さて嘯《うそぶ》いた。「その七割は俺《おれ》のものだ。」また、商人は倉庫に満す物貨を集め、長老は貴重な古い葡萄酒《ぶどうしゅ》を漁《あさ》り、公達《きんだち》は緑したたる森のぐるりに早速縄を張り廻らし、そこを己れの楽しい狩猟と逢引《あいびき》の場所とした。市長は巷《ちまた》を分捕《ぶんど》り、漁人は水辺におのが居を定めた。総《すべ》ての分割の、とっくにすんだ後で、詩人がのっそりやって来た。彼は遥《はる》か遠方からやって来た。ああ、その時は何処にも何も無く、すべての土地に持主の名札が貼られてしまっていた。「ええ情ない! なんで私一人だけが皆から、かまって貰えないのだ。この私が、あなたの一番忠実な息子が?」と大声に苦情を叫びながら、彼はゼウスの玉座の前に身を投げた。「勝手に夢の国で、ぐずぐずしていて、」と神はさえぎった。「何も俺を怨《うら》むわけがない。お前は一体何処にいたのだ。皆が地球を分け合っているとき。」詩人は答えた。「私は、あなたのお傍に。目はあなたのお顔にそそがれて、耳は天上の音楽に聞きほれていました。この心をお許し下さい。あなたの光に陶然《とうぜん》と酔って、地上の事を忘れていたのを。」ゼウスは其の時やさしく言った。「どうすればいい? 地球はみんな呉《く》れてしまった。秋も、狩猟も、市場も、もう俺のものでない。お前が此《こ》の天上に、俺といたいなら時々やって来
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