しゃったところが、母は伏目になって、ちょっと考えて、「弟が、わるいのです。本当に皆さんに御手数をおかけします。」と言って、顔を挙げ、ひょいと右手の小指でおくれ毛を掻《か》き上げてから、「私たちは馬鹿のせいか、和子がそんなに有名な先生から褒められると、なんだか此の後もよろしくとお願いしたい気が起って来るのです。伸びるものなら、伸ばしてやりたい気がします。いつも、あなたに叱られるのですけど、あなたも少し、頑固すぎやしませんか。」と早口で言って、薄く笑いました。父は、お箸《はし》を休めて、「伸ばしてみたって、どうにもなりません。女の子の文才なんて、たかの知れたものです。一時の、もの珍らしさから騒がれ、そうして一生を台無しにされるだけの事です。和子だって、こわがっているのです。女の子は、平凡に嫁いで、いいお母さんになるのが一ばん立派な生きかたです。お前たちは、和子を利用して、てんでの虚栄心や功名心を満足させようとしているのです。」と教えるような口調で言いました。母は、父のおっしゃる言葉をちっとも聞こうとなさらず、腕を伸ばして私の傍の七輪《しちりん》のお鍋を、どさんと下におろして、あちちと言って
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