部引受ける。つねに一歩先んじなければいかん。僕だって、それはずいぶん苦労しているのだぜ。こないだのクラス会の時に、君は出なかったようだが、これからは出なければいかんね、そのクラス会の時にも、藤野先生が、幹事の僕に向って、留学生との交際には気をつけるように、とおっしゃった。」
 それは私には聞き捨てならぬ事であった。何か藤野先生に裏切られたような気がした。
「まさか、藤野先生が、そんなばからしい外交的術策なんか。」
「ばからしいとは何だ。失敬な事を言ってはいけない。君は非国民だ。戦争中は、第三国人は皆、スパイになり得る可能性があるのだ。殊に清国留学生は、ひとり残らず革命派だ。革命の遂行のためには、露西亜に助力を乞《こ》う場合だってあり得るだろう。監視の必要があるんだ。一面親切、一面監視だ。僕はそのためにあの留学生を、僕の下宿にひっぱり込んで、何かと面倒を見てあげていると同時に、また、いろいろ日本の外交方針に添った努力もしているのだ。」
「何ですか、そのいろいろの努力というのは。けちくさいじゃないですか。」私も、かなり酔っていた。
「や、けちくさいとは、よくも言った。君は、まさしく非国民だ
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