《ささや》きに合槌《あいづち》を打ち、もっぱら鳥鍋に首を突込んでばかりいた。田舎者の私には、その不評判のたたきも、別に饂飩粉くさくも感じられず、非常においしく思われた。
「問題は、ここだ。いいかい、今夜は一つゆっくり考えてくれ。清国政府が金を出して留学生を日本に送り、その留学生たちが、清国政府打倒の気勢を挙げているのだから、妙なものさ。これでは、まるで、清国政府がみずからを崩壊させるための研究費を留学生たちに給与しているようなものだ。日本の政府は、この留学生たちの革命思想に対して、いまのところは、まあ、見て見ぬ振りというような形でいるらしいが、しかし、民間の日本の義侠《ぎきょう》の士は、すすんでこの運動に援助を与えている。君、おどろいてはいけない。支那の革命運動の大立者、孫文という英雄は、もう早くから日本の侠客《きょうかく》の宮崎なんとかいう人の家にかくまわれているのだぞ。孫文。この名を覚えて置いたほうがいい。凄いやつらしいんだ。ライオンのような風貌《ふうぼう》をしているそうだ。留学生たちも、この人のいう事なら何でも聴く。絶対の信頼だ。そのおそるべき英傑の顧問が、その宮崎なんとかいう人
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