白になる事だ。それだけだ。支那の杉田玄白になって、支那の維新の狼煙《のろし》を挙げるのだ。
 あの松島の旅館で、当時二十四歳の留学生、周さんは、だいたい以上のような事情を私に打明けて聞かせてくれたのであるが、もちろんその夜、周さんがひとりでこんなに長々と清国の現状やら自身の生立《おいた》ちやらを順序を追って講演したというわけではなく、お酒を少し飲んだりして私と夜明け近くまで語り合ったさまざまの事柄を綴《つづ》り合せ、それにまた私が後に得た知識をも多少補足して、以上の如くまとめ上げてみたのである。とにかく、私はあの夜、周さんの打明け話を聞いて、かなり感動した。私みたいに、ただ、親が医者だから、その総領息子《そうりょうむすこ》の自分もまた医者、というようないい加減な気持で医専に入学したのではなく、さすがに、はるばる海を越えてやって来た人には、やっぱりそれだけの、深い事情と、すぐれた決意とが秘められているものだと唸《うな》るほど感心し、この異国の秀才に対して大いに尊敬をあらたにし、何とかしてこの人の高邁《こうまい》の目的を完遂させてやりたいと、そのくせ何の助力も出来ないくせに、義気さかんに起
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