の虚飾として用いられ、いたずらに神仙の迷信のみ流行し、病人は高価な敗鼓皮丸《はいこひがん》を押し売りされて、日増《ひまし》に衰弱するばかりなのだ。この支那の民衆の現状をどうする。この惨めな現状に対する忿懣《ふんまん》から、自分は魂を毛唐に一時ゆだねて進んで洋学に志したのだ。母にそむいて故郷を捨てたのだ。自分の念願は一つしか無い。曰《いわ》く、同胞の新生である。民衆の教化なくして、何の改革ぞや、維新ぞや。然《しか》も、この民衆の教化は、自分たち学生の手に依らずして、誰がよく為《な》し得るところか。勉強しなければならぬ。もっと、もっと、勉強しなければならぬ。自分はその折、漢訳の明治維新史を読んでみた。そうして日本の維新の思想が、日本の一群の蘭学者に依って、絶大の刺戟を受けたという事実を知った。これだと思った。これだからこそ日本の維新も、あのように輝かしい成功を収めることが出来たのだと思った。何よりもまず、科学の威力に依って民衆を覚醒《かくせい》させ、之《これ》を導いて維新の信仰にまで高めるのでなければ、いかなる手段の革命も困難を極めるに違いない。まず科学だ、と自分はその維新史を読んで、はじ
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