ればたちどころにその病気を克服できるという理窟《りくつ》らしい。自分は子供心にも、破れた古太鼓の皮などの効《き》き目《め》を信じる事が出来ず、その丸薬を求めに五里の路を往復するのが、ひとしお苦痛であった。自分のそのような努力は、やっぱり全部むだな事であった。父の病気は日一日と重くなるばかりで、ほとんど虫の息になったが、かの大先生は泰然《たいぜん》たるもので、瀕死《ひんし》の父の枕元で、これは前世の何かの業《ごう》です、医は能《よ》く病を癒《いや》すも、命を癒す能《あた》わず、と古人の言にもあります、しかし、手段はまだ一つ残っています、それは家伝の秘法になっているのですが、一種の霊丹を病者の舌に載せるのです、舌は心の霊苗なり、と古人の言にあります、この霊丹は、いまはなかなか得難いものですが、お望みとあらばお譲りしてあげてもよい、値段も特別に安くしてあげます、一箱わずか二元という事にしましょう、いかがです、と自分に尋ねた。自分は思い惑って即答しかねていると、病床の父が自分の顔を見て幽《かす》かに頭を振って見せた。父もやはり自分と同様に、この大先生の処方に絶望している様子であった。自分は途方
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