なもので、蘆《あし》の根だの、三年霜に打たれた甘蔗《かんしょ》だのを必要とした。自分は毎朝、河原へ蘆の根を掘りに行き、また、三年霜に打たれた甘蔗を捜しまわらなければいけなかった。この医者には二年かかったが、父の病気はいよいよ重くなるばかりであった。それから医者をかえて、さらに有名な大先生にかかったが、こんどは、蘆の根や、三年霜に打たれた甘蔗のかわりに、蟋蟀《しっしゅつ》一つがい、平地木十株、敗鼓皮丸《はいこひがん》などという不思議なものが必要だった。蟋蟀一対には註が附いていて、「原配、すなわち、生涯|同棲《どうせい》していたものに限る」とあった。昆虫《こんちゅう》も貞節でなければものの役には立たぬと見えて、後妻を娶《めと》ったり再嫁したやつは、薬になる資格さえ無いというわけである。けれども、それを捜すのに、自分はそんなに骨を折らなくてすんだ。自分の家の裏庭は百草園と呼ばれて、雑草の生い繁った非常に広大な庭で、自分の幼少の頃の楽園であったが、そこへ行けば、蟋蟀の穴がいくつでも見つかり、自分は同じ穴に二匹|棲《す》んでいる蟋蟀を勝手に所謂「原配」ときめて、二匹一緒に糸でしばって、生きている
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