れてはたまらない。私は顔をきつくそむけて、もっぱら松島の風光を愛《め》で楽しむような振りをしていたが、どうも、その秀才らしい生徒が気になって、芭蕉の所謂、「島々の数を尽して欹《そばだ》つものは天を指《ゆびさ》し、伏すものは波にはらばう、あるは二重《ふたえ》にかさなり三重《みえ》にたたみて、左にわかれ、右に連《つらな》る。負えるあり、抱《いだ》けるあり、児孫《じそん》を愛するが如し。松のみどり濃《こま》やかに、枝葉《しよう》汐風《しおかぜ》に吹きたわめて、屈曲おのずからためたる如し。そのけしき※[#「穴かんむり/目」、第3水準1−89−50]然《ようぜん》として美人の顔《かんばせ》を粧《よそお》う。ちはやぶる神の昔、大山《おおやま》つみのなせるわざにや。造化《ぞうか》の天工《てんこう》、いずれの人か筆を揮《ふる》い詞《ことば》を尽さん、云々《うんぬん》。」の絶景も、甚《はなは》だ落ちつかぬ心地《ここち》で眺め、船が雄島の岸に着くやいなや誰よりも先に砂浜に飛び降り、逃げるが如くすたこら山の方へ歩いて行って、やっとひとりになってほっとした。寛政年間、東西遊記を上梓《じょうし》して著名な医師、
前へ
次へ
全198ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング