わん》のたべものを少しわけてやっているのを見て、郭巨は恐縮し、それでなくても老母のごはんが足りないのに、いままたわが三歳の子は之《これ》を奪う、何ぞこの子を埋めざる、というひどい事になって、その絵本には、その生埋めの運命の三歳の子が郭巨の妻に抱かれてにこにこ笑い、郭巨はその傍で汗を流して大穴を掘っている図があったのですが、僕はその絵を見て以来、僕の家の祖母をひそかに敬遠する事にしました。だって、その頃、僕の家がそろそろ貧乏になっていたし、もしも祖母が僕に何かお菓子でもくれたら、僕の父は恐縮し、何ぞこの子を埋めざる、と言い出したらたいへんだと思ったからです。急に、家庭というものがおそろしく思われて来ました。これでは、儒者先生たちのせっかくの教訓も、何にもなりません。逆の効果が生れるだけです。日本人は聡明《そうめい》だから、こんな二十四孝を、まさか本気で孝行の手本なんかにしてはいないでしょう。あなたは、お世辞を言っているのです。僕はこないだ、開気館で二十四孝という落語を聞きましたよ。お母さんに孝行しようと思って筍を食いたくないかとお伺いすると、お母さんは、あたしゃ歯が悪くて筍はまっぴらだと
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