の孝も、もともとそんな政策の意味が含められて勧奨された道徳ですから、上の者はこれを極度に利用して自分の反対者には何でもかでも不孝という汚名を着せて殺し、権謀詭計《けんぼうきけい》の借拠みたいなものにしてしまって、下の者はまた、いつ不孝という名目のもとに殺されるかわからないので、日夕|兢々《きょうきょう》として、これ見よがしに大袈裟に親を大事にして、とうとう二十四孝なんて、ばからしい伝説さえ民間に流布《るふ》されるようになったのです。」
「それはしかし、言いすぎでしょう。二十四孝は、日本の孝道の手本です。ばからしい事はありません。」
「それでは、あなたは二十四孝は何と何だか、全部知っていますか。」
「それは知らないけれども、孟宗《もうそう》の筍《たけのこ》の話だの、王祥の寒鯉《かんごい》の話だの、子供の頃に聞いて僕たちは、その孝子たちを、本当に尊敬したものです。」
「まあ、あんな話は無難だけれども、あなたは、老莱子《ろうらいし》の話など知らないでしょう? 老莱子が七十歳になっても、その九十歳だか百歳だかの御両親に嬰児《えいじ》の如く甘えていたという話です。知らないでしょう? その甘えかた
前へ 次へ
全198ページ中127ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング