足するに幾《ちか》し。厳冬永く留《とどま》り、春気至らず、躯殻《くかく》生くるも精魂は死するが如きは、生くると雖《いえど》も人の生くべき道は失われたるなり。文章無用の用は其《そ》れ斯《ここ》に在らん乎《か》。
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記憶力の悪い私の事であるから、或《ある》いは二、三覚え違いがあるかも知れないが、語調の弱いような箇所をそれだと思い、実物はこの十倍も見事な名文だったのだろうという工合に御想像願うことにしよう。
この短文の論旨は、あの人がかねて言っているような「同胞の政治運動にお手伝いするため」の文芸、とは多少ちがった方向を指差しているようにも思われるが、しかし、「無用の用」という言葉になかなかの含蓄《がんちく》が感ぜられる。結局は、用なのである。ただ、実際の政治運動の如く民衆に対して強力な指導性を持たず、徐々に人の心に浸潤し、之を充足せしむる用を為《な》すものだ、というような意味ではなかろうかと思われる。文芸に対するこのような解釈は、私には少しも退嬰《たいえい》的なものとは考えられない。かえって非常に、健全なもののように思われる。このような行き方ならば、私たち文芸の門外漢にも、その大きい実力が、ぼんやり感ぜられて来るのである。その日であったか、また、別な日であったか、周さんは更にこんな即興の譬話《たとえばなし》でもって私を啓発してくれた事があった。
「難破して、自分の身が怒濤《どとう》に巻き込まれ、海岸にたたきつけられ、必死にしがみついた所は、燈台の窓縁。やれ、嬉《うれ》しや、と助けを求めて叫ぼうとして、窓の内を見ると、今しも燈台守の夫婦とその幼い女児とが、つつましくも仕合せな夕食の最中だったのですね。ああ、いけない、と男は一瞬戸惑った。遠慮しちゃったのですね。たちまち、どぶんと大波が押し寄せ、その内気な遭難者のからだを一|呑《の》みにして、沖遠く拉《らっ》し去った、とまあ、こんな話があるとしますね。遭難者は、もはや助かる筈はない。怒濤にもまれて、ひょっとしたら吹雪《ふぶき》の夜だったかもしれないし、ひとりで、誰にも知られず死んだのです。もちろん、燈台守は何も知らずに、一家|団欒《だんらん》の食事を続けていたに違いないし、もし吹雪の夜だとしたら、月も星も、それを見ていなかったわけです。結局、誰も知らない。事実は小説よりも奇なり、なんて言う人もある
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