「ええ、そうしましょう。案外、おいしいような予感がしますね。」
天ぷら蕎麦とお酒を注文した。
「お国は、料理の国だそうですから、日本へ来ても、たべものがお粗末で困るでしょうね。」
「そんな事はありません。」と周さんは、まじめな顔をして首を振った。「料理の国だなんて、それは支那へ遊びに来る金持の外国人の言いはじめた事です。あの人たちは、支那を享楽《きょうらく》しに来るのです。そうして自分の国へ帰れば、支那通というものになる。日本でも、支那通と言われている人は、たいてい支那に対するひとりよがりの偏見を振りまわして生きています。通人というのは、結局、現実から遊離した卑怯《ひきょう》な人ですね。支那でおいしい所謂《いわゆる》支那料理を食べているのは、少数の支那の大金持か、外国の遊覧客だけです。一般の民衆は、ひどいものを食べています。日本だってそうでしょう? 日本の旅館のごちそうを、日本の一般の家庭では食べていない。外国の旅行者は、それでも、その旅館のごちそうを、日本の日常の料理だと思って食べている。支那は決して、料理の国ではありません。僕は東京へ来て、八丁堀《はっちょうぼり》の偕楽園《かいらくえん》や、神田の会芳楼などで、先輩から、所謂支那料理を饗応《きょうおう》された事がありますが、僕は生れてはじめて、あんなおいしいごちそうを食べました。僕は日本へ来て、料理がまずいなどと思った事は一度もありません。」
「でも、とろろ汁は?」
「いや、あれは特別です。しかし津田式調理法を習得してから、どうにか、食べられるようになりました。おいしいです。」
お酒が出た。
「日本の芝居はどうです。面白いですか。」
「僕には、日本の風景よりも、芝居のほうが、ずっとわかりいい。実は、先日の松島の美も、僕にはあまりわからなかったのです。僕はどうも風景に対しては、あなたと同様に、」と言いかけて口ごもった。
「イムポテンツですか?」と私は無遠慮に言い放った。
「ええ、まあ、そうです。」と面《おも》はゆいみたいに眼をぱちぱちさせ、「絵は子供の時から大好きでしたが、風景は、それほど好きではありません。もう一つ苦手は、音楽。」
私は噴き出した。松島に於ける、れいの、雲よ雲よの唱歌をとたんに思い出したからである。
「でも、日本の浄瑠璃《じょうるり》などは?」
「ええ、あれは、きらいでありません。あれは音
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