正直ノオト
太宰治

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)虚傲《きょごう》
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 正直に言うことに致しましょう。私は、これから書こうとする小説、または、過去に於いて書いた小説の意図、願望、その苦心を、あまり言いたくないのです。それは、私の虚傲《きょごう》からでは、ないと思うのです。書いてみて、それが相手に受け入れられなかったら、もうどう仕様もないことですし、これから書こうと思っている小説を、どんなにパッションもって語っても、いまのところ私は、そんなに優秀の大傑作、書けないのが、わかっていますし、現在の私の作家としての力量も、たいてい見当がついていますし、だいいち私は、いま、もっと正直にならなければいけません。多くの作家が、身のほど知らずの抱負《ほうふ》を、無邪気に語っているのを聞いていると、私はその人たちを、うらやましく思い、生きていることが、矢鱈《やたら》に、つらく思われて来るのです。わかりますか? けれども私は、そんな作家たちを、決して拒否できないのです。
 私だって、薬を飲むときには、まず、その薬品に添附されて在る効能書を、たんねんに読んで、英語で書
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