短篇、読んでみましたけれど、あの人、うまいですねえ。」そうして、くったくなく、文学をたのしんでいるのです。こういう人たちには、効能書の必要は、あまり無いようですね。安心なものです。効能書を、必要とするのは、あなたがた(おゆるし下さい)病弱者だけなのです。しっかりして下さい。
私は、不親切な医者かも知れません。私は、私の作品を、これは傑作だなんて、言ったことは、ありません。悪作だ、と言ったこともありません。それは、傑作でもなければ、悪作でもないのが、わかっているからです。少し、いいほうかも知れない。けれども、今までのところ、私は一篇も、傑作を書いていません。それは、たしかです。こないだも、或る先輩のお方と話合ったことですが、じっさい、自分自身の胸にストンと全部、きれいに納得できるような作品、一つでも自分が書いていたら、また、いますぐ書ける自信があったら、なんで、こんな、どぶ鼠みたいに、うろうろしていようぞ。銀座でも、議事堂のまえでも、帝大の構内でも、りゅうとした身なりで、堂々あるいてみせるのだが、どうも、いけません、当分、私は、だめでしょう。そう言ったら、その先輩のお方も、なるほど、人から貴下の代表作は? と聞かれたとき、さあ、桜の園、三人姉妹なんか、どうでしょう、とつつましく答えることができるようだったら、いいねえ、としんみり答えたことでした。
底本:「太宰治全集10」ちくま文庫、筑摩書房
1989(平成元)年6月27日第1刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房
1975(昭和50)年6月〜1976(昭和51)年6月
初出:「帝国大学新聞」
1939(昭和14)年5月15日発行
入力:土屋隆
校正:noriko saito
2005年3月17日作成
青空文庫作成ファイル:
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