身なりが出来ないものか。路《みち》を歩いても、ひとりとして、これは! と思うようなものが無いではないか。みんな、どぶ鼠《ねずみ》みたいだ。服装があんな工合《ぐあい》だから、心までどぶ鼠のように、チョロチョロしている。どだい、男子を尊敬する気持が全然、欠如しているのだから驚く。
 きょうは兄さん、午後からお出掛け。いまは夜の十時だが、まだ帰らぬ。事件の輪郭がほぼ、僕《ぼく》にもわかって来た。


 四月二十四日。月曜日。
 晴れ。われ、大学に幻滅せり。始業式の日から、もう、いやになっていたのだ。中学校と少しもかわらぬ。期待していた宗教的な清潔な雰囲気《ふんいき》などは、どこにも無い。クラスには七十人くらいの学生がいて、みんな二十歳前後の青年らしいのに、智能《ちのう》の点に於ては、ヨダレクリ坊主《ぼうず》のようである。ただもう、きゃあきゃあ騒いでいる。白痴ではないかと疑われるくらいである。僕のほうの中学からは、赤沢がひとり来ているだけだが、赤沢は、五年からはいって来た人だから、僕とはそんなに親しくはない。ちょと目礼を交すくらいのところである。だから僕は、クラスに於ては、全くの孤立である。白
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