がいいぜ。」と僕は小声で言ったら、木村は、ぎょろりと僕をにらんだ。おそろしかった。木村に負けずに、僕も勉強しようと思った。僕は、英単一千語をやって、それから代数と幾何を、はじめからやり直そうと、その時に、決意した。木村の思想の強さには敬服しても、なぜだか、ニイチェを読もうとは思わなかった。
きょうは、土曜日である。学校で、修身の講義を聞きながら、ぼんやり窓の外を眺《なが》めていた。窓一ぱいにあんなに見事に咲いていた桜の花も、おおかた散ってしまって、いまは赤黒い萼《がく》だけが意地わるそうに残っている。僕は、いろいろの事を考えた。おととい僕は、「むずかしい人生問題が、たくさんあるんです。」と言って、それから「たとえば、試験制度に就いて、――」と口を滑らせて、兄さんに看破されてしまったが、僕のこのごろの憂鬱《ゆううつ》は、なんの事は無い、来年の一高受験にだけ原因しているのかも知れない。ああ、試験はいやだ。人間の価値が、わずか一時間や二時間の試験で、どしどし決定せられるというのは、恐ろしい事だ。それは、神を犯す事だ。試験官は、みんな地獄へ行くだろう。兄さんは僕を買いかぶっているもんだから、
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