起きて、この日記をしたためた。この三日間の出来事を、一つも、いつわらずに書いたつもりだ。一生涯、この三日間を忘れるな!


 四月五日。水曜日。
 大風。けさの豪壮な大風は、都会の人には想像も出来まい。ひどいのだ。ハリケーンと言いたいくらいの凄《すご》い西風が、地響き立てて吹きまくる。それに家の西側の松が、二、三本切られているので、たまらない。ばりばりと此《こ》の家をたたき割るような勢いであった。とにかくひどい。小気味がいいくらいだ。一歩も外に出られなかった。午後になって、西風が、北東の風に変ったようだ。僕は、午前中は川越さんの犬ころを座敷にあげて遊んでいた。五匹いるのだ。つい先日、生れたばかりなんだそうだ。実に、可愛い。やっぱり風がこわいのか、ぷるぷる震えている。頬《ほお》ずりしたら、お乳のにおいが、ぷんと来た。どんな香水のにおいより、高貴だ。五匹をみんな、ふところへいれたら、くすぐったくて、僕は思わず「わあっ!」と悲鳴を挙げた。
 兄さんは、午後から机に向って、原稿用紙になにか熱心に書いている。僕は傍《そば》に寝そべって、「夜明け前」を少し読んだ。読みにくい文章である。
 風は、夜
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