「あのう、おなかが痛いんですけど。」われながら情ない。「俊雄君にも、よろしく。」要らぬお世辞まで言ってしまった。
 兄さんに合せる顔も無く、そのまま部屋にとじこもって日の暮れるまで、キエルケゴールの「基督《キリスト》教に於ける訓練」を、読みちらした。一行《いちぎょう》も理解できなかった。ただ、あちこちの活字に目をさらして、他《ほか》の、とりとめのない事ばかり考えていた。
 きょうは、阿呆《あほう》の一日であった。どうも、下谷の家は難物だ。あの家に姉さんがいらして、そうして幸福そうに笑ったりなんかしているのかと思うと、何が何やらわからなくなってしまう。晩ごはんの時、
「夫婦って、どんな事を話しているもんだろう。」と僕が言ったら、兄さんは、
「さあ、何も話していねえだろう。」と、つまらなそうな口調で答えた。
「そうだろうねえ。」
 兄さんは、やっぱり頭がいい。下谷のつまらなさを知っているのだ。
 夜、のどが痛くて、早く寝る。八時。寝ながら日記をつけている。お母さんは、このごろ元気がよい。この冬を無事に越せば、そろそろ快方に向うかも知れない。なにせ、やっかいな病気だ。それはそれとして、五
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