ような事ばかり言って、あとで兄さんからお聞きなさいよ、僕には、よくわからないんだもの、とごまかして、お母さんの部屋から逃げ出してしまった。
 十一時ごろ、兄さんは、ひどく酔っぱらって帰って来た。僕は、兄さんの部屋へついて行って、
「兄さん、お水を持って来てあげようか。」
「要らねえよ。」
「兄さん、ネクタイをほどいてあげようか。」
「要らねえよ。」
「兄さん、ズボンを寝押《ねおし》してあげようか。」
「うるせえな。早く寝ろ。風邪は、もういいのか。」
「風邪なんて、忘れちゃったよ。僕は、きょう目黒へ行って来たんだよ。」
「学校を、さぼったな。」
「学校の帰りに寄って来たんだよ。姉さんがね、兄さんによろしくって言ってたぜ。」
「聞く耳は持たん、と言ってやれ。進も、いい加減に、あの姉さんをあきらめたほうがいいぜ。よその人だ。」
「姉さんは、僕たちの事を、とっても思っているんだねえ。ほろりとしちゃった。」
「何を言ってやがる。早く寝ろ。そんなつまらぬ事に関心を持っているようでは、とても日本一の俳優にはなれやしない。このごろ、さっぱり勉強もしていないようじゃないか。兄さんには、なんでもよくわかっ
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