ンにワイシャツという姿で、僕たちに号令をかけるのである。和服の人は着物をみな脱がなければならないが、洋服の人は単に上衣《うわぎ》を脱ぐだけでよろしいという事であって、僕たちの組の人は全部洋服だったので、身支度にも手間《てま》がかからず、すぐに体操が始まった。五人一緒に、右向け、左向け、廻《まわ》れ右、すすめ、駈足《かけあし》、とまれ、それからラジオ体操みたいなものをやって、最後に自分の姓名を順々に大声で報告して、終り。簡単なる体操、と手紙には書いてあったが、そんなに簡単でもなかった。ちょっと疲れたくらいだった。控室へ帰ってみると、控室には一列に食卓が並べられていて、受験生たちはぼつぼつ食事をはじめていた。天丼《てんどん》である。おそばやの小僧さんのようなひとが二人、れいの番頭さんに指図されて、あちこち歩きまわってお茶をいれたり、丼《どんぶり》を持ち運んだりしている。ずいぶん暑い。僕は汗をだらだら流して天丼をたべた。どうしても全部たべ切れなかった。
 最後は口頭試問であった。番頭さんに一人ずつ呼ばれて、連れられて行く。口頭試問の部屋は、さっきの朗読の部屋であった。けれども部屋の中の雰囲気は、すっかり違っていた。ごたごた、ひどくちらかっていた。大きい二つの食卓は、ぴったりくっつけられて、文芸部とか企劃部《きかくぶ》とか、いずれそんなところの人たちであろう、髪を長くのばして顔色のよくないひとばかり三人、上衣を脱いでくつろいだ姿勢で食卓に肘《ひじ》をつき、食卓の上には、たくさんの書類が雑然とちらかっている。飲みかけのアイスコーヒーのグラスもある。
「お坐りなさい。あぐら、あぐら。」と一ばんの年長者らしい人が僕に座布団《ざぶとん》をすすめる。
「芹川《せりかわ》さんでしたね。」と言って、卓上の書類の中から、僕の履歴書や写真などを選び出して、
「大学は、つづけておやりになるつもりですか?」まさに、核心《かくしん》をついた質問だった。僕の悩みも、それなんだ。手きびしいと思った。
「考え中です。」ありのままを答える。
「両方は無理ですよ。」追撃急である。
「それは、」僕は小さい溜息《ためいき》をついた。「採用されてから、」言葉がとぎれた。
「それゃまあ、そうですが。」相手は敏感に察して笑い出した。「まだ採用と、きまっているわけでもないのですものね。愚問だったかな? 失礼ですが、兄さ
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