ない社交に骨折るだけの場所である。きょうもクラスの生徒たちは、少女|倶楽部《クラブ》、少女の友、スター等《など》の雑誌をポケットにつっこんで、ぶらりぶらりと教室にやって来る。学生ほど、今日、無智《むち》なものはない。つくづく、いやになってしまう。授業がはじまる迄《まで》は、子供のおもちゃの紙飛行機をぶっつけ合ったり、すげえすげえ、とくだらぬ事に驚き合ったり、卑猥《ひわい》な身振りをしたり、それでいて、先生が来ると急にこそこそして、どんなつまらぬ講義でも、いかにも神妙に拝聴しているという始末。そうして学校がすめば、さあきょうは銀座に出るぜ! などと生きかえったみたいに得意になって騒ぎたてる。けさも教室でひとしきり、ぎゃあぎゃあ大騒ぎだった。何事かと思ったら、昨晩、Kというクラスの色男が、恋人らしい女と一緒に銀座を歩いていたというのだ。それで、その色男が教室へはいって来たら、たちまち、ぎゃあぎゃあの騒ぎになったのである。あさましいというより他《ほか》は無い。ひねこびた色気の、はきだめという感じである。みんなに野次られて顔を赤くしながらも、それでもまんざらでもなさそうに、にやにやしているKもKだが、それを、やあやあと言って野次っている学生は、いったい、何のつもりなんだろう。わけがわからない。不潔だ! 卑劣だ。ばかな騒ぎを、離れて見ているうちに、激しい憤怒が湧《わ》いて来た。赦《ゆる》せないような気がして来た。もう、こんな奴等《やつら》とは、口もきくまいと思った。仲間はずれでも、よろしい。こんな仲間にはいって、無理にくだらなくなる必要はない。ああ、ロマンチックな学生諸君! 青春は、たのしいものらしいねえ。馬鹿野郎。君等は、なんのために生きているのか。君等の理想は、なんですか。なるたけ、あたり触りの無いように、ほどよく遊んでいい気持になって、つつがなく大学を卒業し、背広を新調して会社につとめ、可愛《かわい》いお嫁さんをもらって月給のあがるのをたのしみにして、一生平和に暮すつもりで居るんでしょうが、お生憎《あいにく》さま、そうは行かないかも知れませんよ。思いもかけない事が起りますよ。覚悟は出来ていますか。可哀想《かわいそう》に、なんにも知らない。無智だ。
朝から、もういい加減に腐っていたら、午後になって僕が教練に出ようとして、ふと、ゲエトルを忘れて来たのに気附いて、あわてて隣
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