んと、わかれるって言うのかい? ちっとも、なってないじゃないか。それが、わがままというものなんだ。十九や二十《はたち》のお嬢さんじゃあるまいし、なんてざまだ。」なかなか、ゆずらない。戸主の見識《けんしき》というものかも知れない。
「それぁ、姉さんにだって、鈴岡さんのよさくらい、ちゃんとわかっているんだ。」僕は必死であった。「その鈴岡さんと、僕たちと、どうも気が合わないらしいというので、姉さんは考えてしまったんだ。姉さんは、とても兄さんや僕の事を大事にしているんだぜ。僕たちも、いけなかったんだよ。よそへ嫁にやったから、他人だなんて、そんな事は無いと思うよ。」
「じゃいったい、僕にどうしろっていうんだ。」兄さんも真剣になって来た。
「別に、どうしなくても、いいんだ。姉さんは、もう大喜びだよ。兄さんと鈴岡さんが、このごろ毎晩お酒を飲んで共鳴してるって僕が言ったら、姉さんは、ほんと? と言ってその時の嬉《うれ》しそうな顔ったら。」
「そうか。」溜息《ためいき》をついた。しばらくじっとしていて、「よし、わかった。僕も悪い。」兄さんはむっくり起きて、「十二時か、進、かまわないから鈴岡さんに電話をかけて、いますぐ兄さんがお伺いしますからって、それから、朝日タクシイにも電話をかけて、大至急一台たのんでくれ。その間に僕は、ちょっとお母さんに話して来るから。」
兄さんを下谷へ送り出してから、僕は落ちついてその日の日記にとりかかったが、さすがに疲れて、中途でよして寝てしまった。兄さんは、下谷の家へ泊った。
きょう、学校から帰って来ると、兄さんは、にやにや笑いながら、なんにも言わずお母さんの部屋に連れて行った。
お母さんの枕《まくら》もとには、鈴岡さんと姉さんとが坐《すわ》っていた。僕が、その傍《そば》へ坐って、笑いながらお二人にお辞儀をしたら、
「進ちゃん!」と言って、姉さんが泣いた。姉さんは、お嫁に行く朝にも、こんなふうに僕の名を呼んで泣いた。
兄さんは、廊下に立って渋く笑っていた。僕は、少し泣いた。お母さんは寝たままで、
「きょうだい仲良く、――」を、また言った。
神さま、僕たち一家をまもって下さい。僕は勉強します。
あしたは、姉さんの結婚満一周年記念日だそうだ。兄さんと相談して、何か贈り物をしようと思う。
四月二十八日。金曜日。
晴れ。よく考えてみると、いやしく
前へ
次へ
全116ページ中58ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング