ぼうなんかに、小説みたいなことおっしゃったりなんかして、――」
「わかった。やっぱり、変質者か。」結婚して、はじめて、このとき、家内をぶん殴ろうかと思った。どろぼうに見舞われたときにも、やはり一般市民を真似て、どろぼう、どろぼうと絶叫して、ふんどしひとつで外へ飛び出し、かなだらいたたいて近所近辺を駈けまわり、町内の大騒ぎにしたほうが、いいのか。それが、いいのか。私は、いやになった。それならば、現実というものは、いやだ! 愛し、切れないものがある。あの悪徳の、どろぼうにしても、この世のものは、なんと、白々しく、興覚めのものか。ぬっとはいって来て、お金さらって、ぬっとかえった。それだけのものでは、ないか。この世に、ロマンチックは、無い。私ひとりが、変質者だ。そうして、私も、いまは営々と、小市民生活を修養し、けちな世渡りをはじめている。いやだ。私ひとりでもよい。もういちど、あの野望と献身の、ロマンスの地獄に飛び込んで、くたばりたい! できないことか。いけないことか。この大動揺は、昨夜の盗賊来襲を契機として、けさも、否、これを書きとばしながら、いまのいままで、なお止まず烈しく継続しているのであ
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