》も、どろぼうに対する思いやりからでは無かったのである。私は、どろぼうの他日の復讐をおそれ、私の顔を見覚えられることを警戒し、どろぼうのためで無く、私の顔をかくすために、電燈を消したといわれても、致しかた無いのである。まさに、それにちがいなかった。
「すみません。」どろぼうは、ばかなやつ、私のそれほどこまかい老獪の下心にも気づかず、私が電燈消したことに対して、しんからのお礼を言いやがった。
「雨が、まだ降っているかね?」
「いいえ、もう、やんだようです。」まるで、おとなしくなっている。
「こっちへ来たまえ。」私は、火鉢をまえにして坐って、火箸《ひばし》で火をかきまわし、「ここへ坐りたまえ。まだ、火がある。」
「え。」どろぼうは、きちんと膝をそろえてかしこまって坐った様子である。
「少し、火鉢から、はなれて坐っていたほうがいいかも知れないな。」私は、いい気持である。「あまり、火の傍に寄ると、火のあかりで、君の顔が見える。僕は、まだ、君の顔を、なんにも見ていないのだからね。煙草《たばこ》も吸わないようにしましょうね。暗闇の中だと、煙草の火でも、ずいぶん明るいものだからね。」
「は。」どろぼ
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