るかしら。いいえ、私は決して、この緑の風呂敷を、自分のものだとは思っていない。返却したくても由なく、こうして一時、あずかって在るのである。どんな人の使用していたものか、わからない。思えば、きたないものである。私は、この緑の風呂敷を、電燈を覆うのに使用したわけは、けれども、その不潔の風呂敷の黴菌《ばいきん》を、電球の熱でもって消毒しよう、そうして消毒してから、ながくわが家のものとして使用しようなどの下心からではない。そんなことは無い。私には全くそんな悪心がないのだから、いつでもお返ししたいと思っているのだから、正々堂々、誰の眼にでも、とまるように、あかるみに出して置きたく、そんな気持もあって、電燈の覆いに使用したのである。それに、ちがいない。その上、緑色は睡眠のためにも、たいへんよろしいのであるから、願ったり、叶《かな》ったりというものである。その緑色の風呂敷で、覆われて在る電燈の光が、部屋をやわらかく湿《しめ》して、私の机も、火鉢も、インク瓶も、灰皿も、ひっそり休んでいて、私はそれらを、意地わるく冷淡に眺め渡して、へんに味気なく、煙草でも吸おうか、と蒲団に腹這いになりかけたら、また足も
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