どし一つで、金言を吐いていたんじゃ、まるで何かみたいだ。しかも私には、その金言さえ、おぼつかない。あたりまえの発見を、人よりおそく、一つ一つ、たんねんに珍重し、かなしみ、喜び、歎息している有様である。のろいのである。近ごろ、また、めっきり、のろくなった。いまは、まず少しずつ生活を建て直し、つつましい市井人の家をつくる。それが第一だ。太宰も、かしこいな。何を言ったって、人から相手にされないのでは、仕様がないからね。私は、もともと、そんなに嘘つきじゃないんだ。権威を持ちたい。自身が、死んでから五年、十年あとあとの責任まで持って、懸命に考え考えしながら書き綴る文章の、ことごとく、あれは贋物、なるほど天才じゃなど、いい笑いものにされていて、それで、くやしくないのか。堂々、太刀打《たちう》ちするには、言葉だけでは、だめなんだ。手紙だけでは、だめなんだ。私は、いまは、その興覚めの世のからくりを知った。芸術界も、やっぱり同じ生活競争であった。思考をやめよ! 負けては、ならぬ。どんぐりの背並べ。
一路、生活の、謂《い》わば改善に努力して、昨今の私は、少し愚かしくさえなっている。行動は、つねに破綻《は
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