事をおっしゃいますわね。
(野中) 知ってるよ。お前のあこがれのひとは、誰だか。
(節子) まあ! そんな。よして下さい! 下劣ですわ。
(野中) なんでも無いじゃないか。人間は皆、あこがれのひとを二人や三人持っているものだ。で、どうなんだい? その後の進行状態は。
(節子) わたくしには、あなたのおっしゃる事が、ちっともわかりません。
(野中) よし、それじゃ、わかるように言ってやろう。お前は、きょう僕の帰る前に、奥田先生の部屋に行っていたね。
(節子)(はっきり)ええ、まいりました。奥田先生がおひとりで晩ごはんのお仕度《したく》をしていらっしゃるという事を母から聞いて、何かお手伝いでもしようかと思ってお部屋をのぞいてみました。
(野中) それは、ご親切な事だ。お前にもそれだけの愛情があるとは妙だ。いいことだ。美談だ。しかし、僕が外から声をかけたとたんに、お前はふっと姿をかき消したが、あれは、どういうご親切からなんだい?
(節子) いやだったからです。
(野中) へんだね。
(節子)(泣き声になり)いったい、なんとお答えしたらいいのです。
(野中) まあ、いいや。よそう。つまらん。ど
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