しは、こっちの気持も察してくれよ。(上衣の内ポケットから、白い角封筒を出し、節子の手もとにほうってやって)まだ、七、八百円は残っている筈《はず》だ。新円だぞ。それで肴を買って来い。たったいま買って来い。ケチケチするな。鯛《たい》でも鮪《まぐろ》でも、漁師の家にあるものを全部を買って来い。ついでに甚兵衛《じんべえ》のところへ寄って、このサントリイウイスキイがまだ残っていたら、もう一升ゆずってもらって来い。これからまた僕は飲み直すんだ。そうして、ぜひとも、お母さんとお前に、肴を食べてもらうんだ。
(節子)(角封筒のほうには目もくれず、黙ってうなだれている。やがて静かに面を挙げて)あの、お伺《うかが》いしたい事がございます。
(野中)(たじろぎ)何だ。何か文句があるのか。
(節子)(緊張した声で)あなたは、いったい、……。
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この時、舞台|下手《しもて》より庭先へ、学童二名|駈《か》け込み、「先生! 奥田先生!」と叫ぶ。
奥田教師、縁側に出る。学童二名、息せき切って何やら奥田教師に囁《ささや》く。
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