ますよ。げんにあなた、こないだだって、……。
(奥田)(さえぎるように)でも、野中先生は、正直ないいお方ですよ。(微笑して)僕なんかが、こんな事を言うのは、それこそ失礼かも知れませんが、これは、お母さんも、また奥さんも、一つ考え直さなければならないところがあるんじゃありませんか。
(しづ) まあ! (洗濯物を押しのけて、奥田のほうにからだをねじ向け)たとえば? たとえば、それは、どんなところでしょうか。
(奥田) たとえば、……さあ、……(口ごもる)
(しづ)(勢い込んで)わたくしは、もう、これだからいやなんです。誰ひとり、わたくしどもの、ひと知れぬ苦労をわかってくれやしないんですものねえ。養子を迎えた家の者たちのこまかい心遣《こころづか》いったら、そりゃもうたいへんなものなんです。殊《こと》にもあんな、まあ一口に言うと、働きの無い、万事に劣った人間を養子に迎えて、この野中の家を継がせ、世間のもの笑いにならないよう、何とかしてわたくしどもの力で、あのひとのボロを隠してあげたいと思って、よそさまへは、あのひとの悪いところは一言《いちごん》も言わず、かえって嘘ついてあの人をほめて聞かせたり
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