、バスの車輪にひったくられて、つづいてKのからだが、水泳のダイヴィングのようにすらっと白く一直線に車輪の下に引きずりこまれ、くるくるっと花の車。
「とまれ! とまれ!」
私は丸太棒でがんと脳天を殴られた思いで、激怒した。ようやくとまったバスの横腹を力まかせに蹴上げた。Kはバスの下で、雨にたたかれた桔梗《ききょう》の花のように美しく伏していた。この女は、不仕合せな人だ。
「誰もさわるな!」
私は、気を失っているKを抱きあげ、声を放って泣いた。
ちかくの病院まで、Kを背負っていった。Kは小さい声で、いたい、いたい、と言って泣いていた。
Kは、病院に二日いて、駈けつけて来たうちの者たちと一緒に、自動車で、自宅へかえった。私は、ひとり、汽車でかえった。
Kの怪我《けが》はたいしたこともないようだ。日に日に快方に向っている。
三日まえ、私は、用事があって新橋へ行き、かえりに銀座を歩いてみた。ふと或る店の飾り窓に、銀の十字架の在るのを見つけて、その店へはいり、銀の十字架ではなく、店の棚の青銅の指輪を一箇、買い求めた。その夜、私のふところには、雑誌社からもらったばかりのお金が少しあ
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