を発って熱海についたころには、熱海のまちは夕靄《ゆうもや》につつまれ、家家の灯は、ぼっと、ともって、心もとなく思われた。
宿について、夕食までに散歩しようと、宿の番傘を二つ借りて、海辺に出て見た。雨天のしたの海は、だるそうにうねって、冷いしぶきをあげて散っていた。ぶあいそな、なげやりの感じであった。
ふりかえって、まちを見ると、ただ、ぱらぱらと灯が散在していて、
「こどものじぶん、」Kは立ちどまって、話かける。「絵葉書に針でもってぷつぷつ穴をあけて、ランプの光に透かしてみると、その絵葉書の洋館や森や軍艦に、きれいなイルミネエションがついて、――あれを思い出さない?」
「僕は、こんなけしき、」私は、わざと感覚の鈍《にぶ》い言いかたをする。「幻燈で見たことがある。みんなぼっとかすんで。」
海岸通りを、そろそろ歩いた。「寒いね。お湯にはいってから、出て来ればよかった。」
「私たち、もうなんにも欲しいものがないのね。」
「ああ、みんなお父さんからもらってしまった。」
「あなたの死にたいという気持、――」Kは、しゃがんで素足の泥を拭きながら、「わかっている。」
「僕たち、」私は十二、三歳の少年の様に甘える。「どうして独力で生活できないのだろうね。さかなやをやったって、いいんだ。」
「誰も、やらせてくれないよ。みんな、意地わるいほど、私たちを大切にしてくれるからね。」
「そうなんだよ、K。僕だって、ずいぶん下品なことをしたいのだけれど、みんな笑って、――」魚釣る人のすがたが、眼にとまった。「いっそ、一生、釣りでもして、阿呆《あほう》みたいに暮そうかな。」
「だめさ。魚の心が、わかりすぎて。」
ふたり、笑った。
「たいてい、わかるだろう? 僕がサタンだということ。僕に愛された人は、みんな、だいなしになってしまうということ。」
「私には、そう思えないの。誰もおまえを憎んでいない。偽悪趣味。」
「甘い?」
「ああ、このお宮の石碑みたい。」路傍に、金色夜叉の石碑が立っている。
「僕、いちばん単純なことを言おうか。K、まじめな話だよ。いいかい? 僕を、――」
「よして! わかっているわよ。」
「ほんとう?」
「私は、なんでも知っている。私は、自分がおめかけの子だってことも知っています。」
「K。僕たち、――」
「あ、危い。」Kは私のからだをかばった。
ばりばりと音たててKの傘が
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